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東京高等裁判所 平成4年(ネ)4204号 判決

控訴人

富士火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

葛原寛

控訴人

江頭征男

右両名訴訟代理人弁護士

江口保夫

江口美葆子

牧元大介

豊吉彬

被控訴人

赤坂今日子

右訴訟代理人弁護士

大西英敏

主文

一  原判決中控訴人ら敗訴部分を取り消す。

二  右取消部分に係る被控訴人の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審を通じて被控訴人の負担とする。

事実

一  当事者の求めた裁判

控訴人らは、主文同旨の判決を求め、被控訴人は、控訴棄却の判決を求めた。

二  当事者双方の主張は、以下理由中に掲記するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

三  証拠関係は、原審記録並びに当審記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  (保険契約の締結と事故の発生)

1  以下の事実は、当事者間に争いがない。

(一)  被控訴人は平成三年七月二二日、控訴人会社(取扱保険代理店は控訴人江頭)との間で、①控訴人会社は被控訴人が「借用自動車」の運転に起因して他人の財物を破損等すること(対物事故)により被控訴人が法律上の損害賠償責任を負担することによって被る損害を填補する、②右対物賠償保険金額の限度額を一〇〇〇万円とする旨の自動車運転者損害賠償責任保険契約(通称「ドライバー保険」契約、以下「本件ドライバー保険契約」という。)を右保険期間を右契約締結日から一年間として締結したこと。

(二)  本件ドライバー保険契約の約款(「自動車運転者損害賠償責任保険普通保険約款」(甲第二号証)、以下「本件約款」という。)の第三条本文においては、「借用自動車」とは記名被保険者(本件では被控訴人、以下同様)がその使用について正当な権利を有する者の承諾を得て使用または管理中の自動車をいうと定めるが、同条但し書においては、「但し、記名被保険者、その配偶者または記名被保険者の同居の親族が所有する自動車を除く」(以下「本件除外規定」という。)と定められていること。

(三)  被控訴人は、平成三年四月ころより同人の姉・訴外赤坂由子(以下「由子」という。)と同居中であったところ、同年八月七日、右由子所有に係る普通乗用自動車を同人の承諾を得て借用運転中、訴外深井俊美の所有・運転する自動車と衝突したこと(本件事故の発生)。

2  そして被控訴人が右事故により、訴外深井にその所有自動車を全部損傷させる損害を負わせ、また、由子にその所有自動車の一部を損傷させる損害を負わせたことは、原判示(原判決一三枚目表一〇行目から同裏五行目まで)のとおりであるからこれを引用する。

二  (本件除外規定の不実説明、告知・説明義務違反について)

1  被控訴人は、控訴人会社の代理店である控訴人江頭が、「本件ドライバー保険契約」の募集並びに契約の締結に際し、本件約款に本件除外規定があるにもかかわらず、①(ⅰ)被控訴人に対し同居の親族(本件では姉の由子)所有の車輌を運転し事故が発生した場合にもドライバー保険が適用される旨不実の説明をした、(ⅱ)本件除外規定について告知・説明すべき義務があるのにこれを怠ったとし、②そのため被控訴人が由子所有の車輌を借用・運転中に起こした本件事故による損害の賠償つき、保険金の給付を受けられず自己負担で損害賠償をせざるを得なかったとして、控訴人会社には保険募集の取締に関する法律(以下「保険募集取締法」という。)一六条一項一号、一一条一項に基づき、控訴人江頭には民法七〇九条、七一九条に基づき、それぞれ右事故により訴外深井及び由子に支払った損害賠償金相当額の損害を賠償する責任があると主張するので、これらの点につき検討する。

2  (本件ドライバー保険契約締結に至る経緯等)

成立に争いのない甲第一号証の一、二、第二号証、第九号証、原審及び当審における証人赤坂由子の証言、同じく控訴人江頭本人並びに被控訴人本人の供述によれば、以下の事実を認めることができる。

(一)  由子は、昭和六〇年三月に運転免許を取得したが、まだ自己所有自動車を持たなかったので、同年四月、友人の訴外渡辺某に勧められて右友人の所有自動車を借用して運転する場合に備えて、控訴人会社(取扱代理店は控訴人江頭、以下同様)との間で本件ドライバー保険契約と同内容のドライバー保険契約を締結した。その後右契約は一年毎に更新され、由子が平成二年六月自己の自動車を購入した後も一回更新され、結局平成三年八月まで更新・継続された。由子は代理店控訴人江頭を通じて控訴人会社から右契約締結の際はもちろん更新ごとに必ず右契約の保険証券及び約款の送付を受けこれを受領していた。

(二)  由子は、前記のように控訴人会社とドライバー保険契約を継続中の平成二年七月一九日、訴外渡辺の所有する自動車を借用・運転中に停止している自動車と接触する物損事故を起こしたことがあった。由子は右事故の際直ちに控訴人江頭に前記ドライバー保険の適用があるか相談し、控訴人江頭から右自動車保有者である渡辺が保険会社との間で自動車保険契約を締結していれば右自動車保険の方が優先的に適用されるとのアドバイスを受けた。そこで由子は、渡辺に対して右保険契約締結の有無を問い合わせた。その結果、渡辺は保険会社との間で年齢制限の不担保(二〇歳未満不担保)特約付の自動車保険契約を締結していること、当時由子は既に右制限年齢(二〇歳)以上に達していたので、右由子が起こした事故については渡辺の自動車保険が適用されることが判明した。このため、右由子が起こした事故の場合には由子は渡辺の締結した右自動車保険契約に基づき当該保険会社から保険金の給付を受けることができ、それ故当時由子が控訴人会社との間で締結していたドライバー保険契約からは保険金の給付を受けることはなかった。

(三)  昭和六〇年以来由子が締結・継続していたドライバー保険契約は平成三年八月二〇日に期間が終了することになっていたため、控訴人江頭は右の契約の更新の可否についての案内の通知を書面でその一か月前の同年七月二〇日ころ由子宛て送付した。由子は、右通知をみて同月二二日電話で控訴人江頭に対し、既に自己の自動車を購入したので右ドライバー保険契約は更新の必要がなくなった旨返答した。右電話による返答の際、由子はさらに控訴人江頭に対し「妹(被控訴人)が同年三月に運転免許を取得したのでドライバー保険に入れるかどうか」尋ねたところ、控訴人江頭から「被控訴人は車をもっているか、友人の車に乗ることはあるか、由子自身は自動車保険に入ったか」等尋ねられた。これに対し、由子は、「妹は車を持っていないが友人の車に乗ることがあるし、最近は自分(由子)の車にもよく乗る」と答え、かつ、由子自身は既に平成三年六月に控訴人会社とは別の保険会社の自動車保険「(自家用自動車保険)」に入った旨答えた。控訴人江頭は由子が通常の自動車保険契約を締結したと聞いて、被控訴人が由子所有の自動車を運転中に事故を起こした場合は由子の任意保険が当然適用になるのにとは思ったが、由子のいうように、被控訴人が友人の車を借りて運転することがあるというならドライバー保険に入る意味があるものと考え、由子に対して被控訴人はドライバー保険に入れる旨答え、由子は納得したが、控訴人江頭はなお被控訴人にも説明しておこうとして由子から被控訴人に電話を替わって貰い、前示由子の起こした事故の際の経験も踏まえて、右電話口に出た被控訴人に対して、「ドライバー保険に入っていても借用自動車の所有者が自動車保険に入っていれば、右自動車保険の方を優先的に使うことになる」旨説明し、被控訴人も控訴人江頭の右説明を了解した。控訴人江頭は、前記のとおりの由子の説明と控訴人江頭の質問に対する返答により被控訴人が由子所有の自動車を運転した場合には由子が過去に経験者でもあるので、由子から特に聞かれなかったこともあり、被控訴人に対して、例えばドライバー保険契約の約款中に本件除外規定があることまでは説明しなかった。

(四)  被控訴人は、平成三年八月七日由子所有の自動車を借用・運転中本件事故を起こし、同日中に控訴人江頭に本件事故について報告した。被控訴人から本件事故の報告を聞いた控訴人江頭は、被控訴人に対し、由子所有の自動車で事故を起こしたのであれば、対物賠償については由子の入っている自動車保険が優先して適用になること及び由子所有車輌の損害については由子の車輌保険がおりる旨説明した。ところが、被控訴人からは、実は「由子が締結した自動車保険契約は二一歳未満不担保の特約付であり被控訴人は一九歳であるから同契約からは保険金は給付されないこと、さらには由子は車輌保険に入っていない」と初めて聞かされ、ことの意外さにびっくりした。また、控訴人江頭はその際狼狽していたこともあって本件除外規定が頭に浮かばず対物賠償(訴外深井の車輌の損害及びガードレールの損傷)だけは本件ドライバー保険契約によって保険金が給付されるかもしれないと説明したが、念のため翌日控訴人会社多摩支店に問い合わせて確認したところ、「本件除外規定」があることにより本件事故に対しては対物賠償についても保険金は給付されないことが判明した。

以上の事実が認められる。原審及び当審における証人赤坂由子の証言、同じく被控訴人本人の供述中には、控訴人江頭は前記電話でのやりとりの際ドライバー保険と自動車保険の関係については説明しなかったとの部分があるが、右部分は前示の由子は自動車保険が優先して適用された経験があった事実並びに原審及び当審における控訴人江頭の供述に照らしてにわかに採用し難い。他に右認定を覆すに足る証拠はない。

3  そこで右事実をもとに被控訴人の主張する点につき逐次検討する。

(一)  被控訴人は、控訴人江頭には本件除外規定についてその告知ないし説明義務があると主張する。

しかし、①本件ドライバー保険契約の締結については、由子自身が従前控訴人会社と締結していた「ドライバー保険契約」による保険給付を妹・被控訴人が受けられるようにと思い、それと同じ契約を妹・被控訴人にしてやって欲しい旨由子の方から積極的に控訴人江頭に申し入れをしたことによるもので、契約締結にあたっては由子が積極的かつ主導的立場にあったものであり、由子はその知識の下にその所有自動車あるいは由子の友人の自動車を被控訴人に運転させる場合を配慮して由子が従前入っていたと同じ保険(ドライバー保険)に入らせたいとの意図により自ら控訴人江頭に電話をかけて、同人に保険契約の締結を申し入れ、控訴人江頭も由子の説明のもとにこれに応じたものであり、また、被控訴人は由子の意思に従って由子の勧めにより右保険契約を締結する意思を控訴人江頭に対し表示したこと、②一方、控訴人江頭は、右由子の説明を受けて、被控訴人が由子だけでなく他の友人からも自動車を借用し運転する場合もあること及び由子が任意自動車保険に入っていることを聴取したので、まず由子の所有する自動車を運転する場合には由子が自動車保険に入っているからその保険から保険金が給付されるであろうと考えたこと、そして控訴人江頭は、被控訴人が由子以外の者の所有する自動車を運転する場合にはドライバー保険契約を締結しておく必要があると判断したこと、③控訴人江頭は、由子から前示のような説明を受けるとともに、さらに被控訴人にも電話口に出て貰い、直接被控訴人に対してドライバー保険契約を締結しても借用自動車の所有者が自動車保険に入っていれば同保険が優先的に適用されることを説明したのであり、したがって右自動車保険優先適用の点は本件ドライバー保険契約締結にあたり双方の了解のもとに当然の前提条件とされていたこと、④ところが由子は購入した自動車について控訴人会社以外の保険会社と自動車保険契約を締結していたが、由子は右保険契約において二一歳未満不担保の特約を付していたこと、それ故由子及び被控訴人は被控訴人が由子所有の自動車を運転中に事故を起こした場合には右特約付である以上右由子締結にかかる自動車保険は適用されないことを知悉していたはずであるのに右自動車保険に「二一歳未満不担保特約」を付していることを同人らは控訴人江頭には何ら説明しなかったこと、⑤しかも、由子は未成年の被控訴人が由子の自動車を運転することがあることを充分認識し、またそれを許していたのにかかわらず、右「二一歳未満不担保特約」を付したままで右特約を解除しなかったが、その理由は単に従前より保険料が高額になるということにあったもので、由子が被控訴人において由子所有の自動車を運転中に事故を起こした場合にも本件ドライバー保険契約により保険金が給付され得ると考えていたことによるものではないこと、⑥由子はそもそも従前控訴人会社(代理店は控訴人江頭)との間でドライバー保険契約を締結してこれを六回に亘り更新・継続していたもので、その都度本件約款の送付を受け、本件除外規定についてはその存在を充分に知っていたはずであり、また充分知りうる立場にあったことが認められるのである。

以上にみた事実によれば、控訴人江頭は、被控訴人が由子所有の自動車を運転中に事故を起こした場合は当然に由子の自動車保険が適用になるものと判断していたものであり、そう判断することには前示由子が告げた事情だけではこれを聞いた保険専門家の知識を有する控訴人江頭において無理からぬ事情があったということができる。被控訴人において由子所有の自動車を借用・運転中に起こした事故に本件ドライバー保険契約が適用されるかが一番の問題であり関心事であったというのであれば、由子ないし被控訴人においてまず由子の自動車保険が前記不担保特約付のものであることを説明したうえ、ドライバー保険が適用されるための策(右特約の解除等)を聞くべきであった。また、控訴人江頭自らが由子に対して由子が控訴人会社とは別の保険会社と締結した自動車保険の内容等を尋ねるべきであったともいえない。そうすると、本件ドライバー保険契約の締結にあたり由子が告げた事実を前提として由子所有の自動車を運転中の事故には由子が締結していた自動車保険契約により保険金が給付されるものと理解した控訴人江頭には、相手方が由子であり由子が控訴人江頭の答えを聞いて自己の知識に基づき被控訴人・妹に保険契約を決めさせたのであるから、そのような事情のもとでは、控訴人江頭において由子を通じて、あるいは被控訴人に直接に、本件除外規定の存在を積極的に告知ないし説明する義務までは生じていないといわざるを得ない。

なお、被控訴人は、本件除外規定を控訴人江頭が説明しなかったため本件事故により生じた由子所有の車輌損傷による損害が填補されないことを本件の損害であると主張しているが、そもそもドライバー保険においては対物事故により記名被保険者の使用する財物が破損した場合には、それによって記名被保険者が被る損害については填補しない旨の条項がおかれていることは本件約款の規定(本件約款第七条)に照らし明らかであり、由子所有の自動車の損傷に対しドライバー保険により保険金が給付されることはあり得ないのである。そして、由子においてこのことを知悉したうえで、かつ、自己の自動車保険契約には車輌保険を付けずにいながら、由子は、車輌保険を付していないことを控訴人江頭に説明しないで同控訴人の「自動車保険に入っているか」との問に「入っている」と答えたにとどまることは前示のとおりである。これらの点からみると、控訴人江頭が本件除外規定の存在を特に告げることの有無にかかわらず被控訴人は右由子所有の車輌の損傷については本件ドライバー保険からは損害の填補を受けることはできないと認められるのであり、被控訴人の主張は失当といわざるを得ない。

(二)  被控訴人は、控訴人江頭が被控訴人が姉由子所有の自動車を運転中事故を起こした場合であっても、本件ドライバー保険契約により保険金が給付される旨間違った説明(被控訴人のいう「不実の説明」)をした旨主張するが、原審及び当審における被控訴人本人の各供述並びに同じく証人赤坂由子の各証言によっても、控訴人江頭は本件除外規定について説明することはなかったというにとどまり、同控訴人が事実を曲げた虚偽の説明をしたとはいっていないのである。その他本件全証拠によっても控訴人江頭が右不実の説明をしたと認めることはできない。

三  被控訴人の選択的請求について

被控訴人は、原審以来本訴損害賠償請求と選択的に、①控訴人会社と被控訴人との間で被控訴人が同居の親族である姉由子所有の自動車を借用・運転中生じた事故から生ずる損害についてすべて担保する旨の保険契約が成立したと主張するが、控訴人会社と被控訴人の間に成立した本件ドライバー保険契約の内容は前記約款のとおりであり、本件全証拠によっても本件ドライバー保険契約と別個に被控訴人主張のような内容の保険契約が成立したことを認めることはできないから、右主張は失当である。さらに、②被控訴人は本件事故後の控訴人江頭の言動をもって同控訴人は右損害を本件ドライバー保険契約によって填補する旨約定したなどと主張するが、控訴人江頭の本件事故後の言動は本件事故後対物事故については本件ドライバー保険契約により保険金が給付されるかも知れないといったに過ぎないことは前示のとおりで、本件全証拠によっても控訴人江頭が保険代理店として右被控訴人主張に係る約定をした事実は認められないから、被控訴人の右主張も失当というべきである。

四  以上みたところによれば、前示の事実関係のもとでは、本件につき由子の説明を受けた事実を前提とする控訴人江頭の判断のもとで控訴人江頭が由子あるいは由子を通じて被控訴人に特に本件除外規定を説明すべきであったとまではいえない。また、控訴人江頭が本件除外規定につき不実の説明をしたものとも認められない。そうすると、控訴人江頭に被控訴人の主張するような告知・説明義務違背ないし不実説明のあったことを前提として、保険募集取締法一一条一項の規定に基づき所属保険会社である控訴人会社に損害の賠償を求め、民法七〇九条、七一九条に基づき控訴人江頭に損害の賠償を求める被控訴人の本訴請求はいずれも理由がないことに帰し、いずれも棄却を免れない。また、選択的になされた契約の成立に基づく被控訴人の請求も右被控訴人主張の契約が成立したことを認めることができないからこれも理由がないものとして棄却を免れない。

五  よって、これと異なり被控訴人の本訴請求を一部認容した原判決はその限りにおいて失当であるから、原判決中控訴人ら敗訴部分を取り消し、右部分につき被控訴人の請求をいずれも棄却し、訴訟費用の負担につき、民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官宍戸達德 裁判官伊藤瑩子 裁判官福島節男は転補につき署名捺印できない。裁判長裁判官宍戸達德)

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